小林信保と皆の笑顔があふれる大月にする会 交流ブログ

2015年07月23日

小菅村での研修(関東若手市議会議員の会&来山会)

7月21日、22日、小菅村で行われた関東若手市議会議員の会と来山会のコラボ企画の研修会に参加してきました。
人口の推移  昭和50年     現在
小菅村     1328人    732人(55%)
大月市     36984人  26212人(70%)
昭和50年から比べると現在の人口は55%まで減っていますが、最近では人口が増えだしているそうです。

小菅村の総合計画のスローガンは
第1次「山里に展開する愛情に満ちた理想郷 こすげ」 (昭和56年〜平成2年)
第2次「山と川と人で奏でるシンフォニー こすげ」  (平成3年〜平成11年)
第3次「憩い、守り、集う源流の里 こすげ」     (平成12年〜平成21年)
第4次「源流を誇りに、皆が協働するむらづくり こすげ」(平成22年〜平成31年)

第1次総合計画を策定した昭和56年には「源流」という文言は出て来ていませんが水の大切さを認識し多摩源流域としての責任を自覚しの昭和57年には下水道事業に着手し平成6年には下水道普及率が100%になったそうです。
山間の沢沿いに集落が点在しているという点では大月市と同じく公共下水道を導入する事には適さない地形であるにも関わらず、100%を達成した事には驚きました。
昭和62年からは始まった多摩源流祭り、平成3年に始まった多摩源流クリーン作戦
小菅の最大の財産である水、この財産を守り続ける事こそが小菅の活性化に繋がると信じて一貫性のある取り組みを続けているからこそその成果が随所に表れだしてきていると思います。その後策定した第3次総合計画のスローガンに始めて源流という文言が登場します。
以来、源流研究所の設立(H13年)、多摩源流大学の設立(H18年)、NPO法人多摩源流こすげの設立(H21年)、地域おこし協力隊の設置16名(H23年〜)と次々と新たな取り組みにチャレンジをしている小菅村、やっぱりすごいです!!

説明を頂いたのは佐藤教育長さん、村の事を全て理解しているのではないかと思える程
次から次へと話は多岐にわたりました。
説明の合間に名刺交換をさせて頂きましたが、以前、松姫トンネルが開通した事で旧道が閉鎖されているけれど自転車やバイクに乗っている人は旧道を走りたいんですよ!と聞いていたので、小菅ではどうしてるのを訊ねた所、旧道の小菅側は通れるようにしてありますという返事を頂きました。この道も観光の財産として考えているのだそうです。
しかし、小菅側だけが開けても通り抜けができないのでは効果も半減です。大月側でも開けるべきではないかと思いました。
大月市道に編入する事で交付税算定されますのでどの位の収入増が見込めるのか、維持管理費用がどの程度かかる事が予想されるのかを聞いてみようと思います。小菅では雪が降ったら閉鎖してしまい、雪かきなどの対応は考えていないそうです。

翌日は、NPO源流こすげのプログラム、源流体験をさせて頂きました。
台風の去った後ということでいつにも増して水が澄んでいるという事でした。
真夏でも木漏れ日が少ししか当たらない中、水温は約15度、つかり続ける事は出来ないほど冷たく、童心にかえり水のかけあいをしたり、滝つぼに飛び込んだり、と楽しみながら水を守ること、森を守る事の大切さを教えて頂きました。
源流体験4.jpg源流体験5.jpg源流体験.jpg源流体験3.jpg
小菅川は小河内ダム(奥多摩湖)に注いでいますが、森が荒れる事なく落ち着ていつのでダムへの土砂の堆積が他と比べると10分の1程度と非常に少ないそうです。
posted by nobuさん at 11:25| Comment(0) | 来山会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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